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2007.07.  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 2007.09.

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中学時代の友達が…

今年の5月に急性骨髄性白血病で亡くなっていた…。



昨夜、家に帰ると父から転送されてきた中学~高校時代の友達からの手紙が届いていた。



彼からの手紙は彼が結婚する時以来だったから、同窓会か何かの知らせかな?と少し不思議には思った。



封を開いてパッと見たら中学時代のテニス仲間の写真が載っていて、『~君 お別れ会のお知らせ』という文章が読み取れた。



それでもこんなことになってるとは思いもせず、『~君』、海外に移住でもするのか?と間抜けなことを思いながら手紙を読み進め、そして愕然とした。



その『~君』は中学時代に青春を共にしたテニス部の仲間だった。

俺の人生で彼より頭の良い人物には未だ出会ったことがない。



中学時代には日本全国でもトップクラスの成績で、性格も良く、生徒会長を勤め、高校は神奈川の桐蔭高校に入学し、ストレートで東京大学に進学、その後東京大学大学院までもストレートで卒業したことは知っていた。



今日、初めてその後の彼を知ったんやけど、彼はその後、ドイツの物理学研究所で早くから頭角を現し、各種論文は世界的に高い評価を得、注目されていたという。



そんな彼との時間は中学時代の3年間をテニス部で共に過ごしただけだったんやけど、仲も良く、彼が大学院に入る頃までは連絡も取り合っていた。

大学時代、俺は大阪にいたけど上京した際には共に飲みに行ったりもした仲だった。



その後は俺も社会に出て彼とは連絡を取り合う機会も無かった。



俺の中ではその気になればいつでも会えると信じて疑わなかったし、まさかドイツに行っているとも思ってなかった。



そんな彼がよりによってこんなに早く逝ってしまった。



まさに天才だった。既に大きな成果を残してはいるものの、大袈裟ではなく、これからもっともっと全人類の為になれる類い希なる存在だった。



俺にとっても誇りだった。そんな彼と中学生という多感な時を共に過ごし、彼と友達である事が俺に勇気も与えてくれたし、可能性も信じさせてくれたものだった。



(一番得意な教科ですら一度も勝てなかったけれど)勉強も無意識に彼を目指していたし、あれだけの成績で天狗にもならず、素晴らしい人格だった事も尊敬していた。

テニス部でも互いに励まし合って頑張った。



そんな彼が何でこんなに早く…。



信じられないし信じたくない。

彼と最後に電話で話した時、あいつは俺に『会いたいなぁ』ってしみじみ言ってくれた。



何故あの時俺は会いに行かなかったんやろ?

当時時間なら作れたはずやのに。



悔やんでも悔やみきれない。



中学時代によく彼のお宅にはお邪魔してた。

ご家族に温かく接して頂いたことを今でも鮮明に覚えている。

特に弟さんは俺の部活の後輩で俺を慕ってくれていた。

ご家族の心中を考えると察するに余りある。



その弟さんが中心になって来月末に開くという彼のお別れ会には出席してこようと思う。



けど会いに行っても、あいつとは話も出来ない…今の俺に会ったら彼は何て言ってくれたんやろうな…。





久々に開いた中学時代の卒業アルバムを見て、俺は再度愕然とした。

彼は10年後の自分を『死んでいるかも知れない』と書いていたからだ。

更に好きな言葉も『時は金なり』とあった…。



中学時代から考えると10年はどうにか超えたけど大差無い短い一生…。



常人が一生かかっても成し得ない密度で短い時を駆け抜けた彼の予言めいた言葉…。



深く考えさせられるものがある。



同時に自分が将来死んでいるかも知れないなんて冗談でも言ってはいけないんやろなと思った。





旧友へ

きっと志半ばで悔しいやろうけど、どうか安らかに休んで欲しい。

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( 2007.08.29 ) ( 未分類 ) ( COMMENT:1 ) ( TRACKBACK:0 )