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2009.01.  12345678910111213141516171819202122232425262728 2009.03.

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言語の限界

人類は言語というコミュニケーション方法を確立したその瞬間から表現の大部分を言語に支配されてきた。



簡単に言うと言語に無い物を表現するには芸術などのごく一部の表現方法でしか表現出来ないねんな。





例えば喜怒哀楽に関して、それぞれの中間の感情を表現するのは途端に難しくなる。





人間はとかく他の生物より優れていると勘違いしがちやけど、もしかしたら、言語を持たない他の生物の方が言語では表現し得ない微妙な部分までを過不足無く表現出来ているのかも知れないと時折思う事がある。





人を好きになっても、『好き』や『愛してる』だけでは足りない。

『大切に思う』『俺にはお前しかいない』…様々な表現で自分の気持ちを補ってもやはり絶対的に言葉が足りない。





我が家の猫は俺に何かを伝えようとして『ニャー』と鳴く。

けど、その声色は確かに使い分けてるのを感じさせる。

たった一言の『ニャー』に様々な意味があるのは確かや。



もしかしたら、言語に支配されてない彼らはその微妙な違いを的確に感じ取り、過不足無く物事を伝え合ってる可能性だってほんまはあるねんな。





その地位や立場を表す言葉だって微妙なもんや。



『親友』『幼なじみ』『友達』『知り合い』…それぞれの間の関係は何やろね?



ほんまは人と人の数だけ関係の形があるはずなんや。



けど、言葉になってるのはごく僅かや。





『恋人』『夫婦』…などもそうや。

様々な区分分けをして人は何とか安心感を得たり、けじめをつけようとしたりしてるけど、そこにあるのは究極的には人と人。





こんな事を書いてる俺やけど、実はこの文章だって言語の範囲内でしか表現出来ていない。



ほんまはもっと分かり易く過不足無く伝えたいのに決して100%は伝えられない。





更に言うなら読む(聞く)側の受け止め方でも全く内容が変わってしまう。





俺はここ数年写真を撮るようになったけど、それもまた言葉で表現しきれない何かを伝えたくてもがいているからかも知れない。

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( 2009.02.24 ) ( 未分類 ) ( COMMENT:2 ) ( TRACKBACK:0 )