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運命の相手

俺は人間が大好きなんやけど、同時に人間が大嫌いでもあったりする。

『なぁ~んじゃそれ!?』

って言われそうなくらいはっきり言って意味不明な感じかも知れない。


巡り合う人の大部分は良い人ばかりでそういう人達を見ていると俺は人間が好きなんやろうな。って客観的に思う反面、
同時に身勝手に自然を破壊し続けてきた人間の飽くなき欲望の歴史を見ると人間という生物は大嫌いでもあるねんな。

そんなやからか、人間を観る俺の視点は複雑で、写真が趣味でも必要に迫られないとなかなか積極的に人間を撮りたいと思えない。
愛すべき存在か、または景色に溶け込んで良い絵になってるなって思えない限り構図の中にあまり人間を入れないねん。



俺の携帯に予め入っている待受画面にレッドリストに入っていて
絶滅が危ぶまれている生物が次々に出てくるFLASH待受がある。

日本のカワセミやオオサンショウウオなどの他、
世界中の絶滅危惧種のシルエットが入れ替わり立ち替わり表示されていく。


それを見ていて思ったねんな。

よく『運命の相手』なんて表現で異性を表現するよな。


絶滅危惧種なんてのはこの広い地球上で同じ種の異性に出逢える可能性の方が少ない。

むしろ出逢えて子孫を残せてる彼らの能力は驚愕に値する。

フェロモンなのか何なのかよく分からないけど、
とにかく地球の広さから考えると圧倒的に少ない出逢いの中、
相手を見つけ出し、子孫を残している。

きっと異性を選り好みなんてしている余裕は無いはず。

意外と絶滅危惧種になった理由が
『異性に対する理想が高過ぎたから』
とかだったら面白いんやけど、多分そんな事は無いやろう(笑)

いずれにしても、もはや絶滅危惧種にとっては確率的に出逢えた異性がそのまま運命の相手だと思うんだよな。


それに比べて人間はどうか?
人間は逆にちょっと歩いただけで同種の異性が溢れんばかりに歩いてる。

それなのに子孫を残す機会を失ってしまう人も日本のような国では多くなってきている。


俺も生物としては何かがおかしいと自分で思うんだよな…。

子供が大好きで、姪や幼い従兄弟や親戚なんかは可愛くて仕方ない。

それやのに、自分の子供を想像すると、万一配偶者にではなく自分に似てたら
果たしてほんまに可愛がれるだろうか?って不安に思ったりするねんな。
配偶者に似てたら目一杯可愛がれると思うんやけどね…。

自分の遺伝子を世に遺したいと思うのが正常なはずの生物が、
自分に似た子供を想像して不安になる。

これは冷静に考えてちょっと異常な事やと思う。


自分が嫌いなのか、それとも自分という存在に何か強い執着でもあるのかよく分からない。

ただ、これは何かがおかしい。

増え過ぎた人間という生物の自然淘汰の中にいるのが俺なのか、それとも単なる気のせいか。


俺という生物に運命の相手が現れて子孫が出来る日は来るのかな?
それとも俺の遺伝子は俺限りで終了するのか?


最近、そんな事を考える。


今日はそんな俺の遺伝子がどういう目的を授かってか世に送り出された記念日だったりする。

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( 2011.07.30 ) ( 未分類 ) ( COMMENT:4 ) ( TRACKBACK:0 )